【読みもの】青い森の日本酒と津軽びいどろ日本酒がもっと美味しくなる盃選び

八戸酒造店

第1回八戸酒造

長い冬を終えた5月の青森は、まるで春の訪れを祝福するかのように新緑が青々と輝いて菜の花が咲き誇り、一気に色鮮やかな世界へと変化します。その鮮やかさをそのままに、食卓に春を連れてきてくれるのが、青森が誇る伝統工芸品である「津軽びいどろ」と「地酒」です。

酒蔵の方から歴史やストーリーをおうかがいしながら、よりおいしくお酒を楽しむための器選びや味わいの変化について日本酒ライターの友美がお届けする連載企画。第1回目は、今や日本酒愛好家のみならずビギナーやプロからも厚い支持を受けている『陸奥八仙』を醸す『八戸酒造』です。

時代に翻弄された歴史と駒井兄弟の新たなスタート地点

八戸酒造に到着してまず、その外観に驚かされます。「レンガ蔵、土蔵、木造の母屋、そしてコンクリートの建物と、バラバラの時代に建てられた建物が、同じ敷地内にこれだけ揃っているのは民間企業としては珍しいそうですよ。大正時代に建てられた建物は、文化財などにも指定されています」と案内してくれたのは、9代目の駒井秀介(ひでゆき)専務。

1775年(安永4年)の創業から240年以上もの長い歴史をもつ八戸酒造ですが、これまで蔵が歩んできた道は決して平坦なものではなかったそう。
1944年(昭和19年)政府から出された企業整備令により、地域にあった16の造り酒屋が合同会社化され、八戸酒類(株)となりました。その後1997年(平成9年)に8代目・駒井庄三郎社長が合同会社からの離脱を決心、八戸酒造として再出発します。しかし1910年(明治43年)5代目が商標登録をしていた「陸奥男山」という銘柄、そして建物さえも合同会社から明け渡してもらうことができず、あえなく休止していた近所の酒蔵に場所を借りて酒造りをすることに。その後ようやくすべてを取り戻すことができたことで、2005年現在の場所に帰ってきました。
息子2人が蔵に戻り、父である社長が環境を整え、兄の秀介さんが営業を、弟の伸介(のぶゆき)さんが造りを担当。兄弟二人三脚で酒造りをスタート。実は現在のスタイルが確立されてから、今年でまだ4年目というから、今後さらにめざましい進化と発展を予感させてくれる、引き続き注目すべき蔵なのです。

『陸奥八仙』らしさはそのままに毎年向上する品質

現在2200石(1石=一升瓶100本)をつくる八戸酒造ですが、伸介杜氏を含めて蔵人は7名で平均年齢は31歳。あまり人手が多くない上に、経験の浅い人もいます。そこで少しずつではありますが、設備投資をおこない、手作業と機械に頼る部分を上手く使い分けて、より品質の安定した酒造りをするための環境整備が進められています。
「青森県の酒造技術指導の先生からも意見を聞き、積極的に取り入れることで、お酒の品質が格段に向上しました」と駒井専務が言うとおり、『陸奥八仙』らしい華やかさはそのままに、お酒が綺麗でより繊細なものへと進化しているのを如実に感じます。

青森の地酒である、ということ

華想い、華吹雪など全量を青森県産米、酵母も80%以上は青森県のものを使用しています。兄弟で再出発する際に、銘柄は「陸奥男山」『陸奥八仙』の2ブランドに絞りました。『陸奥八仙』は、日本酒が苦手な人の入門編としても勧められるほどフルーティで華やかな香り、味わいは芳醇でしっかりとしたタイプのお酒。一方で、「陸奥男山」は地元の漁師さんたちからも愛されるような、魚介類に合う辛口のお酒というコンセプトがあります。

今回ご紹介いただくのはその中から、『陸奥八仙 赤ラベル 特別純米』と『陸奥八仙 いさり火ラベル 特別純米』の2種類です。

同じお酒でも器によって感じ方が変わる

友美「青森で手作りされた酒器で、青森の地酒を飲む。『津軽びいどろ』の特徴は、たくさんの色と形なので、飲み比べをすると面白いんじゃないか。って思ったんです」

駒井専務「器によって味って変わりますからね」

友美「厚さ、口の広がり方、お酒を注ぐ量。これが感じ方の違いに大きく響きます。こうして飲み比べすることってありますか?」

駒井専務「もちろん利き酒はするけど、決まった器しか使わないからなぁ」

友美「そうですよね。利き猪口とかワイングラスとか。あとは視覚によって味の感じ方が左右される、ということもあるから今回は青と緑のコーディネートで、爽やかな5月の八戸を表現してみました」

漁獲量全国1位のイカに合った食中酒

駒井専務「復刻シリーズに描かれている波と浮き球は、まさに漁師町である八戸にぴったり。いいですねぇ」

友美「びいどろを作る北洋硝子は、漁に使う浮き球をつくることからスタートした会社だそうなので、その点でとても重要なモチーフ。それに魚介類がとてつもなく美味しい青森ならではですよね!」

駒井専務「八戸はイカの漁獲量全国1位を誇る漁港です。漁の時季になると沖にバーッと、一斉に漁火が光って幻想的な光景が目の前に広がります。その風景をラベルにしました。味もイカや魚介類と合わせて欲しいので、辛口の食中酒を目指しました」

友美「たしかに他よりも香りは控えめ。片口に注いで空気に触れさせてから飲むのも美味しいけど、香りを感じやすいワイングラス型でも合いますね。これで飲むと、お酒がより丸みを帯びて感じます。ねっとりとした甘さのイカ、お醤油ともバランスしそうな米由来の旨味はしっかりと出て。ひと口飲めば肴が欲しくなり、食べるとまた飲みたくなって、お酒が進みそうですね~。」

駒井専務「つまみ持ってきましょうか?」

友美「まだ平気です(笑)」

飲み比べてわかる多様な日本酒の楽しみ

友美「赤ラベルの生酒は、『陸奥八仙』らしい華やかな香りがして、りんごのようなフルーティさが印象的。こちらもワイングラス型が合いそうです」

駒井専務「これは合うでしょう」

駒井専務・友美「あれっ・・・?」

友美「意外とこっちの“あじさい”が合うかも」

駒井専務「ですねぇ。最初から、角がなくてまろやかなお酒なのでワイングラス型でない方が、意外と合うかもしれませんね」

友美「それにおちょこを持つ掌から温度が伝わって、ほんの少しずつ落ち着いた印象になっていくような気がします。この微細な変化を楽しめるのは、日本酒ならではですね」

陸奥八仙 × 復刻シリーズ 陸奥湾

陸奥八仙 × 片口 あじさい・盃 あじさい

たとえばこんな視点から器を選んでみる

友美「器のセレクトは、春を迎えた八戸の開放的な爽やかさ、そして波をテーマにしました。復刻シリーズの『陸奥湾』は、八戸より北にある湾のことですが、『陸奥八仙』の名前に合わせて」

駒井専務「陸奥といえば現在のむつ市を指すように思えます。でも、かつて青森県全域と岩手県の一部を含めて陸奥国(むつのくに)と呼んでいた頃があったんですよ」

友美「それで『陸奥八仙』!蔵の隣には新井田川が流れ、すぐ湾に辿り着きます。この場所を表現するために海というモチーフは欠かせません」

駒井専務「現在のように輸送が発達する以前は、水路を酒米や酒の輸送に使っていたんです」

友美「もう一つの『あじさい』は、青森の開花時期には早いけど、5月の種差海岸の爽やかさ、日差しにきらめく波しぶきに見立てて選びました。白は蕪島神社に集まるウミネコです」

駒井専務「ウミネコは漁場を教えてくれる弁財天の使い、と言われ地元の漁師たちによって大切にされてきた縁起物。そういう意味でも良いですねえ」

『津軽びいどろ』と『陸奥八仙』の共通点

友美「今回『津軽びいどろ』の製造風景を拝見して、あまりにも手間のかかった作業にただただ驚きました。ほぼ手づくりだし、一部機械を使用するといっても人間が動かすし、結局は経験がないと操作することができません。でもそれって日本酒づくりにも共通する部分があるんじゃないかな、って」

駒井専務「ものづくり、という点では同じなのかもしれませんね」

友美「八戸酒造もそうですけど・・・機械を導入するといっても、それは古くから寝る時間を削って深夜作業したり、人の勘に頼っていた部分を少しだけ機械にお願いする、という程度のものなんです」

駒井専務「見たり、体験していないことを理解するのは難しいです。米を購入する、とひと口にいっても農家の方が一生懸命育ててくださってるものですし。だからうちでは「がんじや自然酒倶楽部」という、田植えから酒造りまで、会員の方に体験してもらう取り組みをおこなっています」

友美「以前わたしも体験させていただきました。炎天下の田植えは思ったよりもキツくて、終わってから飲むお酒が身体に染み渡りました。職人さんたちが汗水たらして真剣な表情でつくった『津軽びいどろ』で飲む、八戸の地酒『陸奥八仙』はまさに格別です。おつまみとのマリアージュも試さないといけないので、この後はびいどろを持ってみろく横丁に繰り出しましょう!」


『陸奥八仙』という名前の由来は、中国に古くから伝わる8人の仙人。日本の七福神に近い存在だそう。逸話や酒の楽しみ方が語られる故事から「飲む人に酒仙の境地で酒を楽しんでもらいたい」との想いが込められたお酒、「このグラスでないと」「この形ならこう感じる」という先入観を取り去って自由な気持ちで味わいたいですね。

ギャラリー

[ sake writer ]

関 友美 Seki Tomomi

日本酒ライター/コラムニスト/唎酒師
日本酒アドバイザーや飲食店勤務を経て、現在は「とっておきの1本をみつける感動をたくさんの人に」という想いのもと、初心者向けのイベントやセミナーの主催、記事や物語の執筆、日本酒専門店の女将業務などを通して、様々な角度から日本酒の美味しさと日本文化の豊かさを伝えている。

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