【読みもの】青い森の日本酒と津軽びいどろ日本酒がもっと美味しくなる盃選び

三浦酒造店

第4回三浦酒造店

  • 株式会社三浦酒造店

    青森県弘前市石渡5-1-1

冬の足音がすぐそこに聞こえてきそうな11月の青森。寒空のもと、紅葉した木々の美しい風景を堪能したわたしたちの身体をあたためてくれるのが、青森が誇る伝統工芸品である「津軽びいどろ」で飲む「地酒」です。

酒蔵の方から歴史やストーリーをおうかがいしながら、よりおいしくお酒を楽しむための器選びや味わいの変化について日本酒ライターの友美がお届けする連載企画。第4回目は、『豊盃(ほうはい)』を醸す『三浦酒造』です。

『豊盃』の名前の由来

青森県はもとより日本酒ファンのなかでは、知られた存在の『豊盃』。人気があるもののなかなか手に入らないことで有名です。その『豊盃』という酒の名前は、昭和51年に完成した青森県の酒造好適米である『豊盃米』から由来しています。その名のとおり豊かな盃、そして古くから庶民に親しまれてきた津軽民謡の『ホーハイ節』からとって命名されました。

専用の酒米かと思いきや「今は酒米もちゃんと商標登録しますから無理でしょうけど、その当時はそういう認識が低くて商標登録を申請したところ通ってしまったんですよ」と三浦杜氏は笑う。他の蔵では、その後開発された『華吹雪』という酒米が多く使われることになり、『豊盃米』はあたかも三浦酒造専用の酒米のようになったというのです。

悩みの末に誕生した、兄弟杜氏というスタイル

『豊盃』は、父である三浦慧社長の指揮のもと、取締役である兄の三浦剛史さんと、杜氏を担う弟の三浦文仁(ふみのり)さん兄弟2人でつくる酒。彼らのことを敬意を表して“ダブル杜氏”と呼ぶ人さえいますが、そこには本当の意味での二人三脚、力を合わせて酒づくりに向かってきた涙ぐましい経緯があったのです。

酒樽や甑(こしき)に巻くむしろ(わらを編んで作る敷物)を造っていたところ、周辺の酒蔵に誘われるようにして、三浦酒造は昭和5年に創業しました。創業者の息子に子がなく跡取りがいなかったことから、酒屋兼商店を営んでいた三浦兄弟の祖父が分家のなかから抜擢され、継ぐこととなります。その当時の経営は思わしくなかったのですが、祖父の手により建て直しがはかられ復活を遂げ、現在の礎が築き上げられました。

かつて他の蔵と同様、冬季限定で南部杜氏や津軽杜氏が来ていました。しかし1999年に、「杜氏探しではなく、蔵や酒の品質向上など前向きなことで悩もう」という強い想いを胸に、兄弟が立ち上がり自ら杜氏となることを決意します。

※酒蔵で酒づくりを担う全蔵人の統括、製造の最高責任者である杜氏には、地域ごとに流派があり、つくり方やできる酒の味わいに特色が出ると言われている。南部杜氏は、岩手県を拠点とする杜氏集団で日本最大規模を誇り、社団法人南部杜氏協会では講習会や認定制度をもうけている。一方、津軽杜氏は青森を拠点とした杜氏集団であるが、現在では呼称のみ残り絶滅危惧の団体である。

兄弟とも醸造を専門に学んだり、杜氏経験があったわけではありません。最初は酒づくりの教科書を見ながら忠実につくることから始まりました。順調に発酵している時は良いのですが、少し違う様子を見せた場合の対処法は教科書に載っていないため、青森県内の蔵や、文仁杜氏が以前住み込みで修行をしていた宮城県内の蔵にもアドバイスを貰い、なにより目の前の酒の声に耳を傾け、対話するように注意深く様子を見ながら丁寧に酒づくりをしました。

完成した酒を利き、「良いところはそのままに悪いところをどうカバーしていけるのか」2人で試行錯誤を繰り返した結果、その翌年、グルメ情報誌に次世代を担う酒として取り上げられ一気に脚光を浴びることとなりました。周りの反応が変わっても、「和醸良酒」をモットーに、家族を含めた10人の蔵人みんなで協力し、常にチャレンジを続けています。

決して無理はしない。今までも、そしてこれからも。

現在1200石(1石=一升瓶100本)をつくる三浦酒造では、豊盃米のほかにも美郷錦(みさとにしき)、山田錦、亀の尾、華吹雪、華想いなど6種類のお米を使い分け、その全量を自社精米しています。住宅街に位置し敷地面積がさほど広くない酒蔵で、巨大な精米機を所有するのはとても珍しいこと。しかし委託精米と違い、時間や時期の自由がきき、品質管理をすべて自分たちの手でおこなえるという保証も可能になります。

「手を抜かずに酒づくりをすると量も期間も、今で精一杯。輸出のお話もあるけど、酒の詳しい説明を直接できないし、日本人でもまだ『豊盃』を飲んだことがない人はたくさんいますからまだまだです」と三浦杜氏がいうとおり、人気が出て需要が高まった現在でも急に生産量を増やすことなく、奢ることなく、品質第一を貫く誠意を感じます。

真面目につくられたお酒の中から今回ご紹介いただくのは、『豊盃 大吟醸』『豊盃 特別純米酒』の2種類です。

同じお酒でも器によって感じ方が変わる

友美「青森の四季を表現してつくられた津軽びいどろで、地酒を飲んだらきっと美味しいに違いないと思ったんです。器を変えて飲み比べをすることってありますか?」

三浦杜氏「蔵にお客さまが来て、ガラスと陶器と錫(すず)のおちょこの飲み比べをして、全部違う味がするでしょう?っていうのはやりますけど、ガラス同士はやったことないなぁ」

友美「わたしもよくやります。同じお酒でも違う味がしてびっくりしますよね。素材が同じガラスだったとしても、高さや厚さ、形状が違うだけで全く違う感じ方になるというのも、新鮮な体験です。今回『盃12ヵ月コレクション』のなかからから選んだ『初冬』『秋の空』、それから『花見』は、全て器の口の広がり方と大きさが異なります。口がすぼまっている方が鼻にダイレクトに香りが入ってくるので感じやすく、香りが味に大きく影響します。吟醸、大吟醸と相性が良いことが多いですね」

豊かな山々に囲まれ、水に恵まれた弘前

三浦杜氏「全体的にこの季節ならではの秋色ですね。あれ、青い升付きの器がありますね?」

友美「『桝酒杯(ますしゅはい)』の『朧月夜/空』ですね。青森で一番高い山は、弘前市にある岩木山。そこから見る夕焼けと星空がとても綺麗だと聞いたので、星空をイメージして選びました。器全体に散りばめられた金粉が、まるで夜空に浮かぶ星のようで綺麗なんですよ」

三浦杜氏「綺麗ですね。そうそう、世界自然遺産の白神山地が有名だけど、八甲田連峰や岩木山など、弘前は山に囲まれているので良い水に恵まれた、豊かな土地なんです。うちでも、岩木山・赤倉山系の伏流水を使用して作られた契約栽培米を使ってますよ」

友美「仕込みに使われる井戸水も『豊盃』のお酒を彷彿とさせる、柔らかなものですね。お水がおいしいから、米もそうだし、酒の肴になる野菜なんかの作物もおいしいわけですね」

飲み比べてわかる多様な日本酒の楽しみ

友美「高さのある桝酒杯と丸みを帯びた小さなおちょこ。まず香りの届き方が全く違いますね」

三浦杜氏「違いますね。高さや口の広がり方の違いが大きいから、舌の上で落ちる位置が違って、味の感じ方も全然違いますね。この『秋の空』というおちょこが一番香りを感じるかな」

友美「そうですね、大吟醸が合うかな。桝酒杯は、高さがある程度あって、香りが届きにくくて味もまとまりがあるように感じるから、旨味のボリュームがある特別純米の方が合いますね。でも器が大きいから飲みすぎてしまいそう!」

三浦杜氏「いやぁ、これくらい大きい方がラクだなぁ。長時間かけてゆったりとのんびりと飲む時に、小さいおちょこだと却って飲みすぎてしまうことも。注がれると飲み干してしまうし。ペースを守るにはこれがちょうどいいなぁ」

友美「それはあるかもしれませんね。どれだけ飲んだか、自分でわかりやすいです。桝にお酒を溢れさせることもできるけど、おつまみ入れとして使えるし便利ですね」

豊盃 × 枡酒杯/花凛 茜/朧月夜 空 ・ 片口 夜風 ・ 盃 夜風

たとえばこんな視点から器を選んでみる

友美「今回の器のセレクトは、弘前の紅葉をイメージしました。毎年この時期には“菊と紅葉まつり”が開かれていますよね」

三浦杜氏「弘前城公園で毎年やります。きれいですよ~。弘前って北国だけど、盆地だから朝晩の温度差も大きいし、夏は暑くて、冬は寒くて雪が降ります。その寒暖の差によって、葉が鮮やかに色づくそうですよ」

友美「弘前城公園の1000本のカエデと2600本もの桜が紅葉すると聞きました。燃えるように紅いカエデを基調として、赤やオレンジや黄色の木が公園全体を包んで美しいグラデーションを描く様子を、『桝酒杯/花凜/茜』『盃12か月コレクション/初冬』などの器で表現してみました」

三浦杜氏「弘前は、本当に四季の表情がハッキリしたところ。実際に見てもらいたいですね」

友美「桜同様に、紅葉も散ってから、落ち葉のじゅうたんとなってもきっと綺麗なんでしょうねぇ」

『津軽びいどろ』と『豊盃』の共通点

友美「『津軽びいどろ』についてのお話をうかがってみて、コレクターの方たちはもちろんのこと、贈り物として多く選ばれていることを知りました。わたしも実は『津軽びいどろ』も『豊盃』も贈り物としていただいたことがあります」

三浦杜氏「『豊盃』の由来であるホーハイ節って、昔戦場で兵士の士気を鼓舞するために歌ったのではないかとも言われています。試験や競技、転勤や異動など人生の様々な転機にまつわる贈り物には最適かもしれませんね。」

友美「『豊盃』と『津軽びいどろ』を一緒に贈れば、『豊盃』を飲むたびに、当時の季節感や出来事を思い出してもらえますね。県外の方なら、酒と器をキッカケとして、青森を訪れてもらえたら、思い出がさらに積み重なり素敵ですよね」

三浦杜氏「それは造り手としても、青森県の人間としても、とっても嬉しいですねえ」


米や酵母は違うものの、『豊盃』全体に感じられるのは、ふくらみのある旨味、柔らかな甘さ、そして食事とマッチする程度の華やかな香り。完成されたとも思えるスタイルでも、三浦酒造ではさらに研究やチャレンジを重ね、時代に合わせた『豊盃』らしさを常に追い求めています。「飲んだことがある」なんて言わずに、津軽びいどろとともに今一度飲んでみてはいかがですか。

ギャラリー

[ sake writer ]

関 友美 Seki Tomomi

日本酒ライター/コラムニスト/唎酒師
日本酒アドバイザーや飲食店勤務を経て、現在は「とっておきの1本をみつける感動をたくさんの人に」という想いのもと、初心者向けのイベントやセミナーの主催、記事や物語の執筆、日本酒専門店の女将業務などを通して、様々な角度から日本酒の美味しさと日本文化の豊かさを伝えている。

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